2003年10月、メーリングリストを立ち上げました。
地域産業おこしに燃える人メーリングリストについてお話したいと思います。
地域産業おこしに燃える人は、「選ばれてからどうする」といったことは一切決まっていませんでした。政府の指示も何もありませんでした。
誰かが何か言い出さなければ、選ばれっぱなしになった可能性も大きかったと思います。
それでは「もったいない」ということで、高木さんが、ヤフーメーリングリストで「地域産業おこしに燃える人メーリングリスト」を用意してくれました。
それほど投稿数が多いわけではありませんが、少ないわけでもなく、つながりはあるけど負担ではないというちょうど良い感じだったと思います。
メーリングリストが作られたのは、2003年10月ですので、燃える人に選ばれた翌月には作ったということですね。
最初の投稿は、坂本世津夫さんの「桐生市でシンポジウムを開催します」(2003年10月15日(水) 午後2時38分)です。燃える人に選ばれてから、約1ヶ月後ですね。何も用意されていなかった割には早い動きではないでしょうか。
そのころは、選ばれた人どおしは知り合いでない人が多かったわけですし、手探りの人脈形成期だったと思います。
2003年中は、月1件くらいの投稿で、メーリングリストに登録しているメンバーも少なかったと思います。
2004年1月は、12件の投稿がありましたが、これは「新年のごあいさつ」中心です。
2月は、佐藤利雄さんがNHKクローズアップ現代に出演されたという話題で9件、3月からは「燃える人サミットin京都」を高木さんが提案して6月21件、7月19件と盛り上がっていきます。
2004年12月には、関幸子さんが「日経ウーマンオブジイヤー」に選ばれたということで盛り上がり、2005年になると、佐藤利雄さんの「INSin東海」、山田さんの「はままつメッセ」など、イベントの告知で底堅い投稿が続きます。2005年は9月9日に経済産業省で同窓会を行いましたが、その連絡が6月頃から飛び交っています。
2005年9月の同窓会では、「年に1回集まって飲んでいるだけではつまらない。何か、動きをしてみたい。」という意見が何人かから強く出ました。そこで、2005年10月から、「今後の燃える人の在り方について」メーリングリスト上でアンケートを行いました。年内に集計をして、2006年1月からは、「アンケートを踏まえた打ち合わせを行います」といったメールが飛び交っています。
2006年1月25日、有志の方で打ち合わせを行いました。そして幹事会を作ろうということになって、4月25日には、第1回幹事会を開催しています。
2006年5月8日には、安井潤一郎さんから、中国・モンゴル出張報告がメールされています。
2006年6月からは、関幸子幹事長を中心に、9月8~10日の海士大会(同窓会、シンポジウム)の案内や、燃える人ブログの立ち上げ、任意団体としての燃える人の会の立ち上げと寄付の要請など、矢継ぎ早に発信されています。
任意団体ができてからのメーリングリストは、団体としての活動の相談や、燃える人が行うイベントの告知などの投稿がされています。これは、NPOになっても続いています。